津地方裁判所 事件番号不詳 判決
右の者に対する業務妨害、住居侵入、監禁被告事件につき、当裁判所は檢事松田四郞関與の上審理を遂げ次の通り判決する。
主文
被告人を罰金千円に処する。
右罰金を完納することのできないときは金弍百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
本件公訴事実中住居侵入及び監禁の点について被告人は無罪。
理由
被告人は津市藤方所在松下電工株式会社津工場(本社大阪市所在)労働組合の組合員にして、昭和二十三年九月十七日同会社側より同組合側に提示せられた被告人を含む九十名の組合員の大量解雇案に端を発し両者爭議状態に入つた際同組合側より鬪爭委員の一人に選ばれ他の委員を通じ同会社側重役に対し、これが團体交渉方を要求中、
一、同月二十日午後五時頃同会社に傭はれ同工場事務所前に駐車中であつた大阪市所在、都島自動車商会勤務の自動車運轉者伊藤政勝がその乘用車に同会社員上田和範を乘車させて津市警察署に赴くべく同事務所玄関前より外出せんとしたのに対し正門前(構内)においてスクラムを組んでこれを阻止せんとする数名の組合員の威力を用いて右外出を拒否し、
二、翌二十一日午前十時頃前記伊藤が前記乘用車に喜田重役、松本弁護士外一名を乘車せしめ、同警察署に赴くべく同事務所玄関前より外出せんとしたのに対し正門の閂を押へてこれを阻止せんとする数名の組合員の威力を用いて右外出を拒否し
以つて自動車運轉手たる右伊藤の業務を妨害したものである。
証拠を説示するに判示冐頭の事実は被告人の当公廷における判示同旨の供述により、判示一及二の事実は第二回公判調書中証人伊藤政勝の供述として判示に照應する被害顛末の記載により各これを認め得るから判示事実の証明は充分である。
惟うに労働組合が労働組合法第一條第一項に掲ぐる目的を達する爲にする團体交渉権は憲法及び労働組合関係法規により認められた所謂労働者の基本的人権に属するものにして、その行使が権利の濫用にわたらず又公共の福祉に反することなく、社会通念上正当と認められる限度においてなされるときは、刑法第三十五條の適用により正当な業務に因り爲された行爲として、法律上放任せられこれが違法性を阻却することは勿論であるが被告人の判示所爲の如きは右見解に照し、必ずしも判示團体交渉権行使の正当な限界内に在るものとは認め難く却つて右権利行使の正当な範囲を逸脱し且つ他の法益を侵害した違法性あるものと認めるべきである。
法律に照すに被告人の判示所爲は刑法第二百三十四條第二百三十三條に該当するから所定刑中罰金刑を選択しその金額範囲内において被告人を罰金千円に処し右罰金を完納することのできないときは同法第十八條に則り金二十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することゝする。
本件公訴事実中、被告人が判示九月二十日の午後四時頃判示工場事務所内へ守衞吉永等が制止するのに拘らずこれを排除して不法に侵入したとの点については、前記見解に照しその違法性の存否について多大の疑問がある。本件証拠調の結果を綜合すれば判示会社側は九月十七日判示組合側に対し判示九十一名の大量解雇案を提示し同組合の決議を以つてこれが受諾を拒否せられるや同月十九日同組合との間に締結せられた労働協約の有效期間の経過を俟ち突如として右解雇対象者に対し解雇処分の通告を爲し同月二十日臨時休業を宣して工場事務所正門及び小門を閉鎖して守衞をしてこれを固めしめ解雇被通告者の入場を禁止し且つ工場事務所二階の階段入口にも立入禁止を表示して前同樣守衞をして、同所を固めしめ以つて拔打的の行動を採つた事実並びに一方解雇被通告者を含む同組合員は友誼團体の参加を得て約三、四百名津海岸御殿場に集合して組合大会を開催し被告人を含む十三名の鬪爭委員を選び同日午後四時頃氣勢を挙げて同工場事務所正門前に行進し委員長太田光雄において守衞を通じて入門、会社側重役と團体交渉方を要求中折柄の降雨に一入焦燥と興奮に駈られた被告人を含む組合員等が偶々同工場内に帰宅せんとした小学生一名を入場せしめんとして守衞が小門を開けた機会に乘じ群集心裡の赴くまゝ集團的に入門し守衞を排して工場玄関前に集合更に四名の鬪爭委員を送つて團体交渉方を要求したがその進捗の順調ならざるに尚も興奮し勢の赴くところ遂に事務所二階に立入るにいたつた事実を認め得る。而してかゝる組合員の右行動は團体交渉権の行使として外形的に平穩を欠くところがあるが計画的にして且拔打的而も著しく、労資協調の精神を沒却した道義上非難するに値いする会社側の行動に挑発されたものであり、且前記の如く焦燥と興奮に駈られ群集心裡の赴くまゝことこゝに立到つたことは、その心情において眞に止む得ざるところである、況やその解雇処分が法律的に有效と確定したものでなくそれ自体が爭議の客体となつている右の如き場合組合員が團体交渉及びこれが應援の目的を以つて自己の職場という認識の下に工場構内及び事務所に立入つたとしても右事情の下においては違法性はないものと解するを相当とする。
次に被告人が判示日時判示伊藤の業務を判示の如く妨害し因つて伊藤を同工場内に不法に監禁したとの点であるが、刑法第二百二十條第一項の監禁罪は不法に人を一定の区劃された場所に在らしめ同所より脱出することを得ざらしむる程度にその心身の自由を拘束する場合に成立するものと解すべきところ本件においては判示業務妨害の外かゝる事実を認定するに足るべき証拠は存在しない。
結局以上被告人に対する住居侵入及び監禁の公訴事実については犯罪の証明なきに帰するから各その点について刑事訴訟法第三百六十二條に則り無罪の言渡を爲すことゝする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本收二 判事 米本淸 判事補 平谷新五)